
高校の時に留学していたアメリカで原題のThe Scarlet Letterを目にした時、
スカーレットの手紙、とかいう意味のことかと思った。
その時は読むチャンスに恵まれず、結局ちゃんと読んだのは、大学1年生。
アメリカ文学の授業で必要に迫られて。
まず日本語のタイトルもちゃんと読めなかった。
「ひもじ」かと思ってたもん。「ひもんじ」です。
そして読み進めていくうちに、早い段階でまた問題が。
緋色って何色!
なんだか文字だけ見たら紺色っぽいのですが(たぶんいとへんしか見てない)、
一応文中には「赤」という言葉も出てくるし、
じゃあ赤と緋の違いは何!?ってな具合で、具体的なイメージができずに、
しょっぱなからもういろいろ取っ付きにくい小説だなと思ってた。
結局はこういうことらしいです。
たしか文字の周りは、金縁の刺繍がしてあるんじゃなかったっけ??
出版されたのは1850年。
舞台は1642年頃のニューイングランド。
この小説で一番ハッとさせられたのは、
姦通者であるディムズデール牧師と、
元夫であるロジャー・チリングワースが一緒に住み始めるところ。
読みながら「あかんあかんそれはあかん!!」
「大変なことになってしまった!」とヒヤヒヤさせられるのです。
どんな三角関係よ。ドラマー!って思った。
ディムズデール牧師が本当にかわいそう。
聖職者という仕事をしながら、日々罪の意識に苛まれて、
それでも自分をむちで打ったり勤行しながら生きてるのに、
一緒に住み始めるチリングワースにじわじわと蝕まれていく。
まあ、でも、隠そうとすることが間違ってるんだよ。
キリスト教のことは詳しくは分からないけど、
そんなあたしですら、
いつでもどこにいても神様は見てるから罪は犯しちゃいけないってことくらい分かる。
聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥、っていうのに似てる。
白状すればどんなに辛くてもその時だけで済むけど
(たとえそれが絞首刑に至っても)、
白状しなければ一生まとわりついてくるんだから。
だから、最後に海外逃亡せず、市民の前で白状したシーンでは
「やるじゃん」と思ったのだけど、
胸に文字を見た市民がいるとか、見てない市民がいるとか、
曖昧か!!!!!
もっと非難を浴びてほしかった。
ヘスターに比べてディムズデールの処置が軽すぎる。
そしてチリングワースは本当に性格悪い。
まず自分の身分を隠すところからすでにやらしい。
偶然か運命かディムズデール牧師と一緒に住むことになって、
すべてを理解した後の行動もやらしい!男らしくない!
極めつけには海外逃亡の船の予約をちゃっかりしていたところ。
なんと言うか、もうそれはヘスターへの愛情は忘れ去られて、
ディムズデール牧師への復讐を楽しんでいるようにしか見えない。
ヘスターは罪を背負いながら、針仕事も頑張って、
貧窮の人々を助けたり、ちゃんとしてる。
結局最後には一番ハッピーエンドみたいになってるし、
もしかしてこれってビッチなのかも、って思うくらい
強くしたたかなのである。
やっぱり女はこうでなくっちゃ。
犯した罪を恥じたり後悔している場合ではないのだ。
克服せよ。食い尽くせ。消化せよ。
男前ヘスター。
どーでもいいけど、
パールは、小説読んでて想像する容姿が天使並みにかわいい。
パールって名前はずるい。絶対かわいい。
私の真珠!かあ。いい名前をもらったね。
それでも挙動不審やし、やっぱり罪が生んだ子なのである。
今日、この小説について、
ヘスターと針仕事の関係性に
市場経済や家庭における女性像などを絡めて
プレゼンをしてきました。
撃沈でした。
慣れないことはするもんじゃあないです。
反省点は、この小説を他の小説と比べるのであれば、
19世紀以前の具体的なアメリカ小説をいくつか挙げなければならなかった点。
そしてこの小説が出版された1850年と舞台設定の1640年には大きなズレがあるため、
小説の中に市場経済を読み取るのは不可能に近いのではないのかという点。
そもそも市場経済という言葉を生半可に知りながら乱用しすぎた。
家庭的な女性、という点ではそれに当てはまる女性が
この小説の中には登場していなかったし、
それを比較するのであれば、適切な対象が必要であったという点。
あとは授業で読んでた論文から逸脱しすぎ、という点。
どんなもんだ。


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