
大学院では米文学を専攻しているが、
私が本当に好むのは、古めかしい日本の言語ではないかと
最近、心から考えさせられてしまう。
聞いたことあるタイトルだな、と手に取ったこの本は、
読み出したら止まらなくて、一気に読み耽ってしまった。
牧文四郎が頭の中で生き生きと成長していく。
多くの書評でも言われているように、風景描写が巧みで素晴らしい。
読んでいる最中はその事実に気が付かなかったが、
頭の中でこんなに情景がありありと浮かんでいるのは、
その描写によるものであろう。
小説が出版されたのが、1986年だと言うが、
取り扱っている時代は、江戸時代。
現代を生きる(もう10数年前に死んでしまったが)作家が、
このように古い時代の描写を細かくできるものなのか。
俗に言う時代小説や歴史小説の類いを読むのが
おそらく初めてなので、脳内がタイムトリップした。
ゆえに、作者は江戸時代を生きた人なのだろうか、と
思ってしまったのである。
特に剣のシーンは、経験した人にしか書けないような
言葉遣いや細かい描写ばかりで、私小説かと思ったくらい。
そのような歴史的事実もすべて勉強した上で小説を書くのだろうか。
歴史小説家はすごい。
親子の会話の言葉遣いにも驚かされた。
あんなに丁寧なものか。
子は母親に対して敬語であるし、
母親も丁寧語であるし、そんなものなのか。
すごく、会話の一文一文に重みがあったように思う。
それでいて無駄が無い。
この小説内における、会話文すべてが美しかった。
涙が止まらなかったのは、「黒風白雨」と「蟻のごとく」。
父親が反逆によって切腹を命じられるシーンである。
死んでしまってからのやり取りよりも、
呼び出され、何が起きているのかも分からないまま
父親と面会するシーンが悲しすぎて泣いた。
ここまで育ててくれて、ありがとうと言うべきだったのだ。母よりも父が好きだったと、言えばよかったのだ。あなたを尊敬していた、とどうして率直に言えなかったのだろう。そして父に言われるまでもなく、母のことは心配いらないと自分から言うべきだったのだ。父はおれを、十六にしては未熟だと思わなかっただろうか。
(「黒風白雨」p.111)
ここで思い出されるのは、尊敬できる父親。
嵐の夜に堤防が決壊しそうな時、村人の田を守るために、
瞬時に潔く別の決断した父親。
それに従う数十人の男。
そして事が終わったときに、
水に飲まれて土手から足を滑らしそうになった文四郎の手を
ふいに掴んだ父親の手。
尊敬できる父親。
かっこいい父親。
この章でずいぶん泣かされたのに、まさかの「蟻のごとく」まで
引っ張られたので、さんざん泣かされる事となった。
ちなみに「黒雨白風」の章で、初めて「蝉しぐれ」という
言葉が使われていたように思う。
それだけでなく、やけにこの章では蝉の描写が多く、
それだけに、やはりこの小説の中で大切な章なのであろう。
文武両道とは文四郎のことを言うのだ。
本当に丁寧に、自分に課せられたことをこなす。
勧善懲悪。怠惰などはつゆ知らず。
見習わなくては。
それにしてもまさか侍にこんなに感情移入するとは思わなかった。
最後のシーンは、なんとなく想像できたけど、
それでもやっぱり切なかった。
「文四郎さんの御子が私の子で、私の子供が文四郎さんの御子であるような道はなかったのでしょうか」
いきなり、お福さまがそう言った。だが顔はおだやかに微笑して、あり得たかも知れないその光景を夢みているように見えた。助左衛門も微笑した。そしてはっきりと言った。
「それが出来なかったことを、それがし、生涯の悔いとしております」
(「蝉しぐれ」p.462)
悪い事はしないでおこう。
人に優しくしよう。
努力しよう。
蝉しぐれの季節にこの小説を読めたことに感謝。


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