
本を読むようになってかなりの初期的な段階でこの本を読んだので、
その衝撃は半端なかった。
すべての場面を想像しながら読み進めたが、
自分で想像しておきながら信じられなかった。
その景色が。
ものすごくリアルでこわかった。
あたしは今日
この町もあの街も嫌いだと思った。
日が沈んでしまえば一人で歩くのがとても怖いし
いくら日本は治安がいいからといってもそんなのはウソだと思った。
少なくともあたしにとっては。
あの街はあの街で人が多くてにぎやかだけど、
めんどくさい人々があたしに声をかけて
その日の幸せな気分を台無しにしてくる。
ここではないどこかへ逃げ出してしまいたかった。
本気でうんざりしかけていた。
でもスアドが生まれ育った村に比べたら。
どれほどの自由をあたしは享受しているのだ。
両親に憎まれたことはないし、
町だって街だって自分の足で自由に歩ける。
自分で働いて得たお金で自分が欲しいものを買える。
たくさんの男の子と出会って彼は好き、彼は嫌い、なんて言える。
その中で特に愛している人と、
家の中でも街の中でも自由に
手をつないだりキスをしたりなんだってできる。
そんなことであたしは誰にも責められないし
火あぶりにもされない。
こんな町、こんな街と思っていたけれど
やはりあたしが現在置かれている状況は
とても恵まれているということを自覚して
この世に生んでくれた両親に感謝しなくちゃいけない。
本編を読み終わって、
あれ?なんか記憶に残っていた部分がない?
読み飛ばしたかな??
なんて思ってしまった。
水着になれた、っていうシーンと、一人で外食できた、っていうシーン。
読み進めていくとなんとあとがきに含まれていた。
どういうわけだかそのふたつのシーンの印象が強すぎて
本編よりも濃くはっきりと覚えているのであった。
だって、あたし、当たり前だと思っていたもの。
水着になったり、一人で外食をするということが。
この場合は村にいた時の物理的に「できない」とは訳が違って、
スアド自身が精神的に「できなかった」ものを克服したのだ。
人前で水着になりたがるあたしからすると、
なんだかもう、違うなあとしか思わざるを得ない。
日本だって小さな島国で、
今でこそたくさんの人が海を渡って自分の目で世界を見ようとするが
それでもずいぶんと閉鎖された国だと
あたしは今でも思っている。
この中の出来事が当然になるよね。
習慣やしきたりや愛情や増悪は
信じてやまないよね。
世界を知ることなんて一生できないのよ。
でもこれだけがすべてと思ったら絶対に間違っている。


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