ロボットが日本を救う / 岸宣仁

この本を読みながら、一体現実社会にどれくらいロボットは活躍できるのだろうと思った。
冒頭にあったように、被災地などでは大活躍するのだろう。
放射能のことを考えると、人間がやるよりもロボットがやるほうがいい。
なぜなら人間は放射能で死んでしまったら困るから。
ロボットは死んでしまっても困らないし、死なないように強靭な作りにすることもできる。
被災地での癒し系ロボットとしてのあざらしは、医学的にも効果があるらしい。
でもそんなものなのかな。ロボットに埋められる隙間なのだろうか。
ホンダのアシモのことやおもてなし云々と書かれていたが、やはりそれはロボットには務まらないと思う。
たとえば介護におけるロボットのシェア。
様々な形の食事を丁寧に運べると書いてあった。
あごの下のスティックを動かすだけで本人の自由自在だと。
車いすからベッドへの移動もロボットに指示したらスムーズに動く。
それでいいのかな。介護というのは結局人と人とのふれあいだと思っていた。
移動する時とか、食事するときとかにする、なんでもない会話に価値があるのでは?
それがロボットだけだとできなくなってしまう。
仕事は正確で疲れることも知らないし、手間ひまもはぶけるだろうが、人間味がない。
いや、そのうち食事中に会話を楽しめるロボットだって生まれてくるかもしれない。
それでいいのかな。そこまで参加させていいのかな。と疑問。
でもこんな悠長なことは言っていられないのかもしれない。
この高齢化のご時世、介護を必要とする人の数は増える一方で、介護ヘルパーなどと満足な資格を持った人は減っていく一方なのかもしれない。
相手に迷惑をかけたくない、とか、ひとりのほうが楽、という人もいるだろうし、そうなってくると、介護ロボットの需要が上がるのも否めない。
でも本当に人間、それでいいのか。
もっと無難にロボットを放り込める現場はないのかなと考えてみた。
ロボットと一体化するという案が気に入った。
現にパソコンや携帯電話などはちょっとそのようなところがあるのかもしれない。
もっと画期的に反映させるとしたら、やはり手始めにまず車かな。
行き先を告げるだけで、最短距離でそこまで連れて行ってくれる。
渋滞を考慮してくれたり、有料道路や一般道路も考慮できるとする。
全自動で動くので、事故もない。
言ってみればタクシーの運転手みたいなもんだ。
あんなものはロボットでいいのだ。
交通規則を遵守するので事故も違反もなくなる。
でももし事故を起こしてしまったら誰の責任になるのだろう。
例えば誰かをひき殺してしまったとしても、その犯人がロボットってのはおかしいな。
かと言って行き先だけ告げて後ろで寝ていた所有者は別に悪くない。
車ロボットが悪い、ということになる。これはモラルが困る。
でも人によったら自分だけが知っている近道もあるだろうし、
(まあその場合はその都度ナビに告げればよいのだけど、)
自分の車だけがロボット装備でもダメなのだ。
現在のナビに与えられている情報よりもっと多大な情報がいるし、
(たとえば信号や制限速度や停止線)
他の車もおんなじような車ロボットじゃないと、
こっちはマニュアル通りに走っていても向こうがむちゃくちゃな運転をしていると事故になる。
安全面を全面的に打ち出すには抜本的な改革が必要。
ということはとても長い道のり。
どうなんだろ。でもあたしたちが描く未来は、中空のチューブのようなものを車ロボットが走っているじゃないか。まるで一歩も歩かずに目的地に到着できるような未来を。
他に考えてみたのは、スーパーやデパート。
アメリカの大きなスーパーをイメージしてみたのだ。
何がどこにあるか分からない。広くてたくさんある製品の中から自分の欲しいものを探すのは大変。
みんな週末になるとリストを片手に大きいカートを押して回る。
それをロボットに省略してもらえないかと。
ようは、入り口でロボットにリストを渡せば全部集めてきてくれてお金を払うだけ。
スーパーが倉庫みたいな感じになるのかも。
メリット。時間、手間ひまの短縮。
誰でもできるようになる。たとえばお使いロボットが(車ロボットでもいいが)、リストを渡すだけでいいのだ。主人は家で待っていればいい。
インターネットショッピングにも似ているが、すぐに必要なものだし、自由自在な生協みたいな感じかな。
デメリット。新商品が売れにくい。やはり、スーパーなどでは主婦なんかはいらないものを買ってしまうのだ。
新しいものが出ていたり、気になっていたものがあったり、いろんなものを見ているうちにばっさりと夕食のメニューを変更してしまうことだってある。
そういう自由な発想がなくなってしまうということ。
悲しいよね。なんだか食事もロボットみたいになってしまう。
子供のころ、お菓子売り場をうろうろしてて、ひとつだけ買ってあげるからここで選んでなさい、と言われたあのドキドキもなくなってしまう。
そういうのを失わないために、自分の手足でカートを押して歩き回る人と、ロボットに任せる人の共存はできるかな、と思ったけど、それはやはり危険なのかも。
商品を探しているロボットと、お菓子売り場ではしゃいでいる子供がぶつかって怪我でもしたら大変だ。
共通して言えることは、ロボットに任せるならばロボットだけの世界でなくてはならないということ。
できるところはやるし、できないところはお願いします、なんてのはムシがいいのだ。
医療に関してはどうなのだろう。
たぶん現時点ではロボットの実力を疑ってかかってしまうのだと思う。
高くついてもお医者さんに手術してほしいですという人が多そう。
でもロボットの技術がもっと高度になって、たとえば人間ではできない単位での手術が可能になったり、本にも書いてあったように、薬剤師の薬を調合する仕事を要領良くできるのであれば、医療の世界にロボットが蔓延ってくるようになるのかもしれない。
必死に努力して医者になったり薬剤師になろうとする人は減ってくるのか?
それでもロボットが普及したらこの医師不足は解消されるのか?
そもそも医者だって人と人とのコミュニケーションだと思う。
大した事ない風邪でも、お医者さんに「大丈夫ですよ」と言ってもらえるだけでどれだけ安心できることか。
逆にロボット医師に「ガンデス」とか言われることの悲しさ!
でもコミュニケーションコミュニケーションと言っても、実際にどんどん減少しているのだ。
駅で切符を切る駅員さんだっていなくなった。
今じゃほとんど自動改札機だ。
自動販売機も増えたし、コンビニの店員とお客は目を合わさないとも言う。
コミュニケーションレスな時代。
そんなところからロボットに変えていけないかな。
たとえばコンビニ店員なんてひとりくらいロボットでもいいんだ。
掃除をするやつとか、レジのやつとか。できるでしょ?レジロボット。
そうなるとスーパーのパートのおばちゃんもいらない。
そういうふうな、賃金が安い仕事(誰でもできる仕事)からロボットに任せていくべきなのだ。
他には。新聞配達。でもこれはポストの場所を把握するのが大変そう。
大きいマンションとかだったら任せても良さそうだけど。
長距離トラックや夜行バスの運転手。
でもこれは車ロボットとなるとさっき書いたようなことになってしまう。
ゴミ収集もどうだろうと考えたの。
でもカラスにはちゃめちゃにされたゴミを見てうまく対処できるかは不安。
どっちにしても人間よりちょっとにぶそうだ。
そういう、誰でもできる最低限の仕事というのをロボットに任せるのが、人間の道理としては一番いいんだ。
ようは、社会の底辺に置くのだ。ただの労働力として。
でもそうなるとその底辺ロボットを下回る底辺人間が生まれてくるのだ。
コンビニ店員の仕事をロボットに取られたら何も残らないやつがいるんだ。
さあどうする。そういうやつを社会に通用できる人間に仕上げるロボット。
なんてね。

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