
サガンの小説をAmazonで買おうとしたときに、
この左岸が出てきたのでついつい買ってしまった。
家に届いて見た「あたし、あばずれかな?」という言葉に
少しドキッとする。
さらに辻仁成との競作だと聞いてそちらも購入。
なんだこのずるずる感。と思いつつ、
そういうのは大切にしたい。
思ったよりも長くて読み応えあったけど、
集中して2,3日で読み終えた。
最後になって知ったのは、雑誌に5年間以上も
連続で掲載されていたらしい。なるほど。
兄弟愛というのはあんまり好きではないので、
最初のほうは異常だな、と思っていた。
隣の家の九ちゃんもなんだか嫌いなキャラクターだった。
駆け落ちする相手もひどい!と思ったし、
正直、茉莉以外好感が持てる人がいなかった。
でも読み進めていけばいくほど、
愛着がわいてくる。新なんて特に。
そして自分の置かれた環境に
時々舞い戻ってきて、現実のことを考えては悲しくなる。
あたしはどうなってしまうのか。
悩んで結婚しても、幸せで結婚しても、
不幸せで結婚しても、どんな結婚しても、
ある日突然相手が死んでしまったらひとりぼっちだもんね。
最愛の人が交通事故で死んでしまうことを考えたら悲しくなった。
茉莉は強い。強くて自由だ。
本当は彼女は男なんていなくても大丈夫なのだ。
そういうところがあたしとひどくかぶった。
そんなものに人生縛られないほうがいいのかもしれない。
あたしたちのような人種は。
娘は可愛いね。
成長している様子がありありと想像できる。
美しくて可愛くて気が強くて自立した子に育ったんだろうな。
でもあの親ありきだなという気もした。
あたしは自分の娘が日本の高校に行かないと言った時に
なんて言うだろうか。
大事な時期に6年も合わないなんて大丈夫だと思えるか?
そういうところはあたしと絶対違う。
そもそもあたしは男なんかと絶対駆け落ちはしないし、
もっと保守的にいろんなことを考えながら行動するタイプ。
でも最後まで「あたし、あばずれかな?」という言葉が
ぐるぐるしていた。
物理的にはそうではないかもしれないけど、
心理的にはそう、ということがありえるかもね。
先日届いた『右岸』も早く読みたい。
でもその前に片付ける本がひとつあるのだ。
追記:11月1日
福岡の街は、10月の頭に数日間滞在しただけなのに、
あの強烈な記憶は鮮明に残っていて、
なので、小説の場面のイメージがしやすかった。
「かろのうろん」とか!
もちろん東京も分かるしさ、
なんとなくフランスはイメージ通りで。
おもしろいな。
頭の中ではいつもリアルな映画のようよ。


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