しろいろの町の、その骨の体温の / 村田沙耶香

近所の本屋に芥川賞と直木賞を受賞した作家のコーナーがあって、その一角で目に止まった本。
裏表紙のあらすじを読んだ感じ、私はこの本を読んではいけない気がした。
取り返しのつかないことになってしまいそうで。
それでも読みたい欲求には勝てず、翌日また本屋に行って購入。
読了してホッとしている。
取り返しのつかないことにはならなかった。
初潮が来たシーンであんなに号泣するとは思わなかった。
こわかったのは、自分と重ねてしまいそうで。
あの、今思い出しても息苦しい時代がリアルに蘇ってしまいそうで。
続きはまたあとで。

そう、最近読んだ雑誌、Maybe!の中に村田さんの文章があったのね。
しっかり読んだけど、こんな感じで再会できると思ってなかったし。
誰が書いたのかなんて気にしてなかった。
たぶん、芥川賞だから彼女に声がかかったのね。
話の内容は、この小説のコンパクトなやつ、って感じ。
武器はこれしかないのかな?
コンビニ人間も気になるな。
とにかく、私はこの小説を読むのが怖かった。
でも私の身に実際に起こったことは、彼は無口で寡黙な人で、伊吹とは正反対だったし、私はヒエラルキーの中では上のグループにいた。
いろんなことを懐かしく思った。
ただ、学校という空間が苦しくてたまらなかったのは、とてもよく覚えている。
社会、というそのものに辟易していた。
カゴの中の鳥だったのにね。
かっこいい先輩を思いながら、放課後の教室で待っていたこと。
ストーブ。ベランダ。
私もまるでそこにいるように、自然に染み込んできた。
私は、小川さんやゆかちゃんのように、自発的に動くことができなかったから、ただいろんなことが起こって過ぎ去って忘れられていくのを黙って見ているだけだった。
夏休みの花火の尊さよ。
大好きだったあの人に、一目でも会えるとオシャレして行った。
前髪を上げたり、腕を出したりして。
家に帰ったらメールで「可愛かった」と言われて、心が苦しくて、ドキドキして、身体中が熱くて、そう、こんな気持ち。
そういえばこの小説にはケータイが一切出てこないのね。
私の時代でも思い起こせばケータイ文化だったから。
電話ってなんか大げさだったから、メールしたり、ワン切りしたり、してた。
画面に映る文字に鼓動が支配されるのは立派な現代病。
私は、大人になんてなれなかったけど、そして、始まることも終わることもなかったけど、今でもこの胸をこんなに高鳴らせるのは、大人にならなかったし、始まりもせず、終わりもしなかったから、なのかしら。
この街のどこかに君が生きてること。
もしくは、この地球のどこかで君が笑ってること。
そんな、イメージだけ、この先おばあちゃんになっても握りしめてたまに撫でて愛おしく思うのだろう。

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