火怨 北の燿星アテルイ 上・下/ 高橋 克彦

バーで、酔っぱらった将軍に「素敵な貴女には火怨をオススメする」と言われ、そのまま買って、読んでみたのだ。

ぶあつ、って思ったし、名前や土地名の漢字も難しくて、ちゃんと読めるかしら、と思ったけど、文章がとても読みやすくて、すらすらと読み進められた。

長編歴史小説ってことは、ほぼ事実に基づく物語ってことだよね。

平安時代初期の東北地方。蝦夷(えみし)と呼ばれ、人ではなく獣に等しいと差別・軽蔑されて来た人々。

阿弖流為(アテルイ)は、自分たちだって都の人たちと同じ人間なのだと立ち上がる。

その立ち上がり方が、信念があって良いのだ。後の戦い方も美しい。

まず、勝ち負けじゃない。ちゃんと認めてもらえること、自分たちの誇りを失わないこと、それだけを求めているのであって、何かを奪いたいとか殺したいとか勝ちたいとかじゃない。

一瞬の戦で勝敗がついてしまって、それに対してまた復讐などを繰り返すようであれば、そんなものは全然意味がなくて、長い時間をかけても、耐え忍ぶこと、そして自分たちの最低限の権利を認めてもらうこと、ただそれだけを願って闘う。

登場人物に誰も悪い人がいないのだ。朝廷の人であれ、闘う相手であれ、憎い気持ちにならないのが良い。仲間もとても良い人ばっかりで、明るく、信頼できて、強く、賢い。そんなチームで、練りに練った戦術や、自然を味方にして、忍びの戦を続ける。

朝廷と、蝦夷が、同じものを敵と認識すれば一つのチームになるだろう、という考え。そしてその敵は自分であろう、という作戦のもと、長い年月をかけて朝廷と蝦夷が和解していく。最後に残ったアテルイのチームは、もう数百人しかいない。

投降する、と決めた時の田村麻呂の驚きと同じくらい私も驚いた。まあ、そうか。そうやって終わるしかないか。もうずっと最初から、命なんて捨てて戦ってんだもんな。

そして物語が終わるまでの最終章(他の章に比べてめちゃくちゃ短い)は、展開が悲しいほど早くて、ページをめくるたびにどんどん辛くなって、涙が止まらなくなって、ぎゃんぎゃん泣きながら読み終えた。

なんだろう、ただ動物的な感覚として、涙が溢れてくるのだった。

体を土の中に埋められて、二日間も寝かされず頭を足で蹴られたり、石を投げられて目にあたったり、そんな苦しい時を耐えたアテルイとモレは、本当に漢だ。

首をはねられた後に飛んできた飛良手。泣きながら二人の髪の毛を撫で付ける飛良手。

そしてそんな飛良手の介錯人(最近読んだ切腹の本で学んだやつ!)を請負った田村麻呂。櫛を投げ渡したのも田村麻呂。

「俺もそっちに生まれたかったなあ」というのは本当に心からの声なのだろう。

お酒をあけて、3人の唇を濡らして(おばあちゃん、思い出す)、ちゃんと敬意と愛情をもって弔ってあげて、本当に素晴らしいラストシーンだった。

なんで人はいがみ合うのか。憎んだり闘うのか。本当に戦いの意味を分かって戦っている人なんて、一体どれくらいいるのか。植え付けられた差別をそのまま鵜呑みにしていいのか。悪い(らしい)人が、死刑が決まって土に埋まっているからといって、あなたまで石を投げてよいのか。なんか小さいことや大きいこと、いろいろ考えさせられる。アテルイみたいにまっすぐ純粋に生きることなんてできるのだろうか。忍耐は得意だけど、想像しただけでもめげそうなことばっかりだ。

また次に東北地方に行く機会には、山とか平原を見ると、思いを馳せてしまいそうだ。

そして、アテルイとモレの顕彰碑(お墓ではない)が京都の清水寺にあるらしい。とても行ってみたいと感じた。

また読みたい。次はもっと景色が鮮明に描けるはず。もっとアテルイが見えるはず。

素晴らしい本を教えてくれてありがとう、将軍。

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