
そういえば読んだことなかったなあと思って購入。
泣きはしなかったけど、イメージがありありと浮かぶ小説であった。
最初のページから、マジか、って思った。
読みにく。ひらがなばっかりだし、文字間違ってるし、しんど、って思った。
3月から始まって、本当に一瞬の間に彼の人生がジェットコースターみたいに景色を変えていってしまったんだね。
たどたどしい言葉でもちゃんと事実を記しているので、妹のノーマとお母さんがブルックリンに住んでいて手術の許可を出してくれたこともちゃんと書いてあったのね。
うさぎの足、ってところどころ出てきたのは、どういううさぎの足?本物なの?
3月11日手術。まあ全身麻酔だもんね。寝てる間に終わっちゃうよね。
ここから、チャーリィがIQを得てどんどん賢くなっていく様子を、彼の手記からしか読み取ることができないのだけど、非常に興味深い。
だんだん漢字も増えていくし、文章も読みやすくなっていく。
文章の質も、子供の日記からちゃんと大人の書き物へと変化していく。
面白いなあ。
漢字が出てくるのは、非常に分かりやすいけど、英語ではどうやって書かれていったのだろう。文法や言い回しや単語ってことかな?
スペルミスは最初ではあったけど、もう無いだろうし。
特に一番最初のほうの、ちょー読みにくい文章をどう書いたのか(そしてそれをどう翻訳したのか)というのは、作者も訳者も一番直面した部分らしく、翻訳者によるあとがきで種明かしがあったけど、作者は、実際の障がい者に書いてもらった文章をマネしたらしい。
そして翻訳者は、山下清さんの文章を参考にしたと言っていた。まあ、確かにひらがなばっかりで句読点もなにもなく、1ページぶん、全てひとつの文で繋がっている感じ、そうか、そういう風にインスピレーションを受けることもあるんだねえ。
タイトルになっているアルジャーノンは、思いのほか早く出てくる。なんてことないネズミで、そんなに大事でもないかと思いきや、アルジャーノンがだんだん弱っていく辺りから目が離せなくなってくる。
チャーリィは自分の先にアルジャーノンを見ていて、アルジャーノンの生きる人生を自分もまた辿ることになるってことに気付いていたんだね。
夢を見たり、記憶を思い出すって、本当に脳のからくりどうなってるんだろうと思う。
これはなんとなくIQとはちょっと関係の無いような気もするけど。
でも心がきゅうってなったり、見たこともない夢を見たり、愛とか、そういうものを心理学者に言葉で定義してほしくないって思ってた。
チャーリィが思い出す家族の思い出は、辛いことばっかりで、本当に胸が痛くなる。
母親と再会した時にも、もう手遅れでスッキリ和解できなかったもんなあ。
妹は、なんか心が歪んでる気がした。大切なことや、本当にあったことを忘れて、嫌な現実からは目をそらして、自分の理想の中でふわふわと生きている気がした。
一番面白かったのは父親。あんなにいつもチャーリィの味方だったのに!全然思い出してくれないし、代金だけはしっかり請求するし!自分の子供くらいの年齢の不審な男性が現れたら、おや?って思ったりしないのかな。
嫌な家族。彼らと離れられてよかったね。
女の子との付き合い方も、さぞがし難しいんだろうなあと思ってたら、過去にそんなトラウマあったのね。ママからそんなに怒られたんじゃあ、普通じゃなくなるよね。
パン屋をクビになったシーン、めちゃくちゃ辛かったあ。みんなひどいよ。って思ったのに。終盤でまた気持ちよく雇ってくれたの面白かった。
知能が低いから雇うの?急に友達だって仲良くするの?賢くなったときにはあんなにひどい仕打ちをしたのに?何が友達だ、何がお前を守るだ、てめーが見下せる弱もの見つけて強い気分に浸ってるだけじゃんか。パン屋のヤローどもは全員ムカつく。
あとはねえ、学会のシーンも面白かった。学会のあたりがピークだったのかな?教授を、みんなが見てる前で、「あのインドの論文読んでないんですか?」って。しかも2,3日前の。まだ翻訳もされていない。私にも、賢くて自分の手の届かないくらいの天才なんだと思ってた人たちがいっぱいいた。というか、大人もそう。親もそうだったし、学校の先生とか、上司もみんなそうだった。教育実習で先生側として学校に足を踏み入れた時は不思議な気持ちだった。そしてなんとなく先生側から生徒や学校や授業やカリキュラムなんてものを見直したときに、すごく悲しくなったのだ。
こういう風に見えていたのかと、それを少し知ってしまったことが悲しかった。だって、先生たちはものすごくて手の届かない人たちだと思っていたからね。同じ立場に並んでしまうと、がっかりすることの方が多いんだろう。理想がパチンとはじけて消えてしまうから。
「インド語も日本語も読めない・・?そんなまさか。。」ってチャーリィが言ってたの、爆笑。
脳の手術で、IQがみるみる上がって、それは長くは続かず、放物線みたいにだんだん下がっていく、という運命。下がり始める前にそれに気が付いた時、どんな気分になるんだろう。焦るよな、怖いよな、もう始まったかも、って毎日思っちゃうね。
それって、まさに人間みたいで。赤ちゃんから、どんどん成長して大人になって、働き盛りがピークで、そこから身体能力もだんだん下がっていって、物忘れだってしやすくなってボケて行ったりして、そうして死んでいくってことなんだろうか。
チャーリィは最後までちゃんと意識がしっかりしていて、下りのエスカレーターにただ乗ってるだけじゃ下がっていくだけど、そこを上に向かって歩けば、かろうじておんなじ位置にいられる、って言ってた。そんなこと、普通考えられないよ。
だから彼は本を読むようにして、意味が分からなくなっても、とにかく上に向かって歩き続けることをやめなかった。
最後の日、養護学校に行くとこ、切なかったなあ。
11月21日。うっかり昔のようにキニアン先生のクラスに来ちゃったんだよね。本を忘れちゃいました、って言ったら先生は泣き出して飛び出てしまったのだ。
「そのとき突ぜんしじつのことやぼくの頭がよくなったことをおもいだしたのでありゃりゃぼくわまたチャーリィ・ゴードンそこのけをやっちゃったといった。」
いや、泣けるわあ。その後すぐ養護学校に行くことを決めて、お世話になった方々に手紙を書く。アルジャーノンのお墓に花束を添えることを忘れないでください、と。


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