ヨーロッパぶらりぶらり / 山下清

想像していたよりも、ずっとおもしろい。

山下清が海外に行くということ。

最初の荷造りのシーンから、最高なのである。

パスポートの力を知る。

CAに尋ねた一言は、私はこの小説以外にもどこかで読んだ気がする。

「おばさん、おばさん、この飛行機はジェット機で、ジェット機はふつうの飛行機よりずっと早いので、ときどきかじを下にむけないと、地球のそとにとびだしやしませんか」

トイレが我慢できなくなって、いつまでも開かないもんだから、別のドアをこじ開けようとしたら、それは非常ドアだったという話。

中継ぎのアラスカのアンカレッジで、日本の家族に絵葉書を書いたときに、時差を知る。なんで時間が経っているのに、前の日に戻るのか?

この歳になると、そういうものかと順応してしまっているが、そうか、初めての時にもっとそんなに不思議だと思えたら楽しかったのだろうな。

私にはなんとなくでやり過ごしている思い出が多すぎるようだ。

日本の文化がほとんど西洋の真似事だということを知ってびっくりする。

時計の文字は、西洋がアラビアの真似をして、それを日本が真似していることを知る。

なぜハンブルクの建物はあんなに高いのか。雷が多いのか。

キリストは迷信ではないのか。

なぜボーイにチップをあげるのか。

ユニットバスは都合が悪い。(誰かがお風呂に入っているときはトイレに行けない)

清が一人でお風呂に入っているとき、あちこちを触りまくった結果、非常ベルのロープを引っ張ってしまい、ホテルの従業員が大慌てできて、怒られる。

夏に日向ぼっこをしているスウェーデン人にびっくりする。

アンデルセンの人魚姫の像。清はお尻が好き。

みにくいアヒルの子のお芝居を思い出す。

「清はしあわせになりたいと思ったことはないのかな」

「しあわせになれるかどうか、さきのことはわからないな。ぼくはしあわせでも不しあわせでもなくて、いつもふつうだな」

アムステルダムのダイヤモンド。知らなかった。名産品なのね。

ゴッホの人生に思いを馳せる。死ぬまで評価されないというのはどういうことなのか。

ロンドンへ。さすがにいろんな街を数日の間に旅しすぎて、頭がよわくなった、という。それはみんなそうだよ、と式場先生。

アムステルダムもそうだけど、ロンドンのテート・ギャラリーや大英博物館やロンドンブリッジなど、同じ物を見ていたのが嬉しい。

バッキンガム宮殿も見てみたかったな。

グリニッチは面白かった。

旅の最初にアラスカで時差を知って驚いていた清が、世界の標準時間の天文台を見る。

これが基準で、日本や他の国々は、この標準時間から、少し早いとか、少し遅い、で時間を決める。

「なぜひょうじゅん時間というものがあるかというと、これはぼくだけの考えだけれども、これからさき火星人やそのほかの星に手紙をだすときに、いま地球がなん年なん日なん時なん分ですというのにきまった時間がないとこまるので、そのときのためにグリニッチの時間を地球の正しい時間にきめたのだと思う。」

グリニッチに0度の線が地面に書いてあって、この線から東が東半球で西が西半球。

「地球でグリニッチの裏がわはどこなのかな。そこにも線がひいてあるだろうな。そうでなければどこまで東半球で、どこまで西半球かわからないものな」といったら、だれもおしえてくれなかった。

パリ。花の都。騒々しい。無名戦士の墓。

この辺りから、夜も眠れなくなって、式場先生に丸薬を2つもらって眠る。

ゴッホとテオ墓を見る。自殺は罪なので、やっと共同墓地の片隅に墓を建てるのを許された。

「ゴッホは生きているあいだはちっとも絵がうれないので、売れないのは自分の絵がへたくそだからと思ってがっかりして死んだので、死んでからみんながゴッホはえらいといっても、死んでいるゴッホにはきこえない。ゴッホが死んでから、墓がそまつでも、絵が高くうれても、死んでしまったゴッホには関係がないので、ゴッホが生きているうちにもうちょっとほめてやれば、ゴッホは死なないでもっとたくさん絵が書けたと思う。」

その通り。でも画家が言うと重い。

私の好きなムーラン・ルージュを描いたのもこのとき。パリで。

そしてスイス。大自然の中で立小便をする。

それからイタリア。ローマ、ベネツィア、フィレンツェ。旅路が重なるのが嬉しい。

エジプトのカイロ。馬子、ではなく、ラク子。可愛い。

香港を経由して日本・東京へ。

着陸直前に式場先生のご子息のサトシさんが、清さんを起こしてくれたおかげで、飛行機から東京の街を見た描写があって、それが最高にとても良い。

「暗い空のはじの方がぼうっと明るくなっていた。あの下に東京があって、お母さんや辰ちゃんや辰ちゃんの子供がいて、東京タワーや後楽園があるので、みんなヨーロッパのまねなので、ヨーロッパのまねでもあそんでいる人はみんなぼくと同じような顔をした日本人なので、何かきけばすぐ返事をしてくれる。きいたことだけでなく、きかなかったおもしろい話もしてくれるので、どこへいってもひとりぼっちのような気がしない。〜」

ここから最後までが、本当に一番美しい。

海外を回って、日本に帰ってくるときに、最高やな、と思う気持ちがおんなじなのも嬉しい。

昭和36年、39歳で見聞きしたヨーロッパ。

よかったねえ。清ちゃん。

通訳でもなんでもいいから、その旅のチームに参加してみたかったものだ。

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