
とっても良かった。
本当にまだジーンと感動している。
2年前から仕事でムーミンに関わるようになって、最初はムーミン知識ゼロだったけど、小説も全部読んで、トーベについてもいろいろ勉強したうえで、観て、その状態で観れてとても良かったと思う。
なぜなら濃厚すぎるトーベの人生を映画に収めるのは不可能で、もちろん描かれた時代だって、30代から40代にかけてのほんの短い期間ではあるけれど、それでも大幅に割愛されていて、大事なことが一言で描かれていたから。
バックボーンを理解したうえで観れたからこそ、ものすごく心に響いた。
ムーミンの公式サイトに掲載されているブログの質が本当に高くて、絶え間なく魂を発信し続けられる、そういうブランディングができるのは本当に素晴らしいことだと思う。
戦時中から絵を描き続けていたトーベ。イラストは仕事にならん、と、有名な彫刻家の父親との確執。
生きるために絵画を描く傍ら、息抜きにイラストや物語を刻み続けるトーベ。
男性とも恋をして、女性とも恋に落ちる。とても激しく。
序盤を見ていると、トーベの人生が不安定すぎてこちらまで不安になってしまうのだけど、途中からはもう大きい船に乗った気分で、トーベの感情の赴くままに、ただ私は乗せられていたのであった。
戦争でボロボロになった、あのアパート、とても素敵だな。
無機質で広くて、アトリエと呼ぶにふさわしい。
高いベッドと、あとは絵を描くスペース。
生活感は全然無くて、というか、キッチンとか無かったよね?
バスルームも描かれなかった。それくらい、無機質で、フィンランドはとても寒そうで、特にあんな部屋は冬はひどく寒そうで、でも、ベッドで寝て、起きて、絵を描く、という、そんなトーベが凝縮された部屋だった。
びっしり並んだ本や、積み重なる作品や、描きためたムーミンのイラストや小説が、地層のように重なっていた。
あんな部屋に住めれば、私だって芸術家になれるような、そんな気分にさせてくれた。
でもやっぱり、広いほうがいいよね。新居、悩むな。
あとは、ヴィヴィカとの恋。というか、愛?
ビフスランとトフスランは、そうやって生まれたってこと、初めて知った。
二人を投影していたのね。それを知ってもう一度小説を読んだら、また感じ方が変わりそうだ。
独特な、二人にしか分からない言葉で会話をする二人。
トーベは本当にヴィヴィカのことを愛していたのだ。
でもヴィヴィカとの恋愛はトーベの身を滅する。
そして救世主のように現れたトゥーティッキ。
素敵すぎる。トゥーリッキ、おしゃまさん、そのまんま、じゃん。
トゥーティッキを家に呼んで、描いている途中の油絵のタイトルを聞かれ、「新しい私」的なことを告げて、映画は終わる。
この後、トーベの人生はまたより一層豊かに実っていくのだ。
学んだことは、本能の赴くままに生きたらいいということ。トーベは、可愛くて、声とか、話し方とかとってもキュートで、目立ちたがり屋ではなさそうだし、派手でも無くて、コツコツ、控えめな努力家、って感じだけど、それでも意思は堅くてまっすぐで、ブレない。
そんな女性の姿を見て、とても救われたし、すごく勇気をもらった。
やりたいことやればいいのか、って思ったし、やりたくないことやらなくてもいいのか、とも思った。
結婚しなくてもいいし、子供を持たなくてもいいし、好きなことだけただまっすぐに頑張って、例えお金稼げなくても、でもそれを続けてればいいのか、って思っちゃう。
まあ、我々がこうやってトーベの映画を見ることになるのは、トーベがムーミンを生み出して大成功したからであって、なぜトーベがムーミンを生み出せたのかってのは、それはもう努力でもなんでもなく、彼女が、世界中が歴史の中で必要としていた類まれな才能の持ち主だからである。
したがって、誰でもトーベのように生きていればトーベのようになれる、というわけではない。
調子のいい夢を見ることは推奨しない。
でも、今の私にとっては、このうえない救いだった。
本当に欲しいものは、何がなんでも欲しいし、がむしゃらに頑張って手に入れるし、それが手に入らなかったり、もしくは一度手に入れたものを失ったりする時は、船が沈むように悲しくなる、そんな、本能のままの生き方を、していたのだ、トーベは。
画家なのか、絵本作家なのか、漫画家なのか、アーティストなのか、なんだかよく分からない、私は全部したい、と言っていた。
それが全てなのだろう。
エンドロールの前に、本物のトーベが、海岸で踊っている映像が流れた。
もうかなりおばあちゃんなのに、スリムでキュート。
きっと彼女は死ぬまで幸せだったのだろう。
いいなあ、そんなふうにまっすぐ生きれるの。
眩しくて、キラキラした映画だった。
ずーっとみんなタバコ吸ってて、お酒飲んでて、それもいいなあ、って思った。
というか、それでいいじゃん、って思えた。


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