DIE WITH ZERO 人生が豊かになりすぎる究極のルール / ビル・パーキンス

大好きな人におすすめされたのですぐ購入して読了。

なかなか私はこの哲学的な本を手に取ることがないので、新鮮な感じ。

タイトルそのまんまで、いくら稼いでいくら貯蓄しても意味がない、なんなら、それに費やした時間の無駄=浪費、ということで、死ぬ間際に貯蓄をゼロにすることを目指して、豊かに生きてみましょうという本。

なんとなく、金持ちが、金持ちに対して奮い立たせているような気がして、私はちょうどGUCCIのホースビットを大奮発して買ったところだったので、こういうことか、5年も欲しいと思うくらいなら、最初に買えばいいのか、的な、せいぜい10万円くらいの量でしか学べなかった。

そういうところが、本当に私の本質の質素なところなのである。

そういう思いをその人に伝えたら、物を買うだけじゃなくて、体験を買うんだ、と。

経営者の間ではこの本が流行っていて、みんな体験/経験のために、未だかつてないくらい金遣いが荒くなっている、もしくは冒険的になっているらしい。

羨ましい。

昔から、めちゃくちゃ稼いでいるくせに(おそらく私が脛を齧り続けていたから)節約型でケチでクーポンとか使いたがりな父親を見てきて、そういうのは嫌だと思ったから、私自身は、使うお金に関してはあんまりケチケチしないようにしてきたつもりだ。

100円とか、1000円とかのクーポン使うくらいなら、それ、買わなきゃ/やらなきゃよくない?と思ってきた。

そう思ってタバコも無駄に吸い続けている。

こんなのを積み重ねてるんだ。ささやかな値引きなんてアホらしい。

複数のスーパーを行き来してちょっと安い野菜買ったところで、一回飲みに行くのをやめれば、そんなのなんでもないじゃん、と思って、飲み続けている。

払うもんは払う。

20歳の誕生日パーティーだって派手にやった。

27歳の時もやった気がする。

祝ってくれるみんなには幸せであって欲しいし、そういう時の飲食代なんて、全部自分が出すから!といつも思っている。

それが、著者と違うのは、金額のゼロの数だけでなく、最終的なゼロに標準を合わせているかどうか、そしてその体験=お金だという認識があるかないかなのである。

私は、なかった。

自分の幸せな誕生日をお金で体験に変えているという認識なんて全然なかった。

そこの体験はお金とイコールにはならない。どんだけ多くても、少なくても。

お金を使い切ろうとして、そういう理由でいろんな体験/経験にお金を注ぎ込むのも違うと思う。

私がとても感謝しているのは、両親が、私の大学卒業の際に、17万円でイタリア横断ツアーに、彼氏と二人で行かせてくれたことだ。

行かせてくれたと言っても、もう申し込んだから、この日までにお金が必要だから、みたいな、ひどい事後報告(強制的)であった。

両親は(というか母親は)ブーブー文句を垂れながら、そういうのは事前に相談しなさいよ、とか言いながら行かせてくれた。

もう10年以上経つけど、あの10日間は、私たちは世界で一番幸せな二人であった。

あの時の思い出が、今の私の人生をより豊かにしているのは間違いない。

行かせてくれてありがとう。そこへの感謝を強く思い出した。

私がゼロで死んでいくためには、持病のことが気がかりすぎて、やはり貯蓄はあるに越したことはない、と思ってしまう。

いくらあれば、それ以上を使えるのだろうか。

今だって、全然足りない、と思うのに。

もしこのまま独身で、子供もいなければ、確かにゼロで死んでいいんだ。

そう思うと気が楽だ。

でも私の両親は全然そんなこと考えていないだろう。

今だって、できる限りお金を増やして、私たちに多くを残そうとしてくれてる。

それを相続した私は、そのお金をうまく使えるだろうか?

飲食に費やすのはもったいない。結局内臓を通過して排出してしまうから。

美味しい記憶なんて、時と場合によるし、なかなか蘇らない(私にとっては)ものだから。

旅行、はいいけど、このご時世現実的ではない。

高級ホテルや旅館に泊まること?全然、寝るのはいつでもどこでも幸せ。

私は電車でウトウトするのも、高級ホテルのベッドでも、同じくらい幸せ。

何かを買う、にしても、本当にそんなに物欲はない。

車?家?ペット?全て煩わしい。あんまりそんなのたくさん持ちたくない。

洋服もカバンも靴も、高級すぎるのは絶対身に合わない。

というか、今の慎ましい暮らしになんの不満もない。

やっぱり、この本を読んで「うおー!」ってなるのは、すでに使いきれないくらいのお金がある人たちだと思うけどな。

庶民にとっては夢のまた夢のような教えであった。

そうね、それがいつか身に染みたらいいわね、という。

私は私なりにたくさんの体験/経験をしてきたし、それがすごく大事で、今の私を形作っていると思うけれど、概してそれらは安価であった。

安価なりに、大切な経験であった。

それでいいじゃん、と思うのは、私が庶民なのだからである。

休日に目が覚めて、わざわざホテル行ってまでブランチ食べたいと思う?

私は全然家で、ワイン開けて読書したいけどな。

すっぴんのまま、パジャマのまま。

コメント

タイトルとURLをコピーしました