
GWにひとり博多旅をするにあたって、この本を掴んでいった私がすごい。
あの旅はね、真っ直ぐ恋をした証であり、その恋を失う旅であった。
「武者小路実篤」って、なんて仰々しい名前だろうと思って、難しそうだし、本当に食わず嫌いだった。
石原慎太郎とか、大江健三郎のように、「覚えなくてはいけない文豪」として名前を知ると、なんだかその後軽々しく手を出せずにいた。
米文学に転向してしまったし。
でも、もっと若いうちに読みたかったかも。
と、思いつつ、とんでもないタイミングで読めた。
実篤による自序があって、開始5行でネタバレしてるねんけど、これでいいの?
なんだか、悲しい終わりを見つめながら読み進めてしまった。
主人公の野島は杉子に恋をする。深い恋で、真っ直ぐに愛した。
その相談を大宮にする。一番の親友で、いつでもどんな時にも尊敬に値する。
そんな大宮が留学してしまい、残された野島は杉子に結婚を申し込むが、理由も不明なまま、頑なに断られる。
そして、留学先の大宮から手紙が届く。「雑誌に掲載される小説(?)を読んでくれ。そして僕たちを裁いてくれ」
ここで上篇が終わり、その小説(?)が下篇である。
小説というか、杉子と大宮の書簡のやりとりなのである。
大宮が一切手を加えなかったという、生々しいやり取り。
それによると、杉子は野島と出会う前から大宮のことが好きで、離れてしまっても、とても大好きで、野島に求婚されたがあんな奴キモくて無理で、本当にあなたが大好きです、あなたも私のことを好きなんでしょう、と。
最初は、野島はいいやつだ、彼との結婚を前向きに考えてやってくれ、と、しっかり断っていた大宮も、杉子にやられてしまう。実はずっと好きだった、でも親友が杉子のことを好きだと知ったから、身を引いたんだ、と言いながら、二人は結ばれてしまう。
ああ。
私は上篇を読んでいた時、本当に恋をしていたから、野島の気持ちが痛いほど分かった。
健気だけど、頑張ってるし、不器用だけど、でもうまくいってほしいと願いながら読んだ。
そして下篇になった時、杉子の意志の強さと自信と愛のまっすぐさにびっくりしてしまい、そうか、こうやって愛せば、私にも可能性があるのか?失った恋を取り戻せるのだろうか?という期待さえ抱いた。
杉子と大宮が結ばれたときは、あっぱれ、と思い、幸せな二人の生活を夢見て、ひどく羨ましく、頑張って手を伸ばせば私にも掴めるのかも、とまで思った。
でも、最後の一文を読んだ時、心がギューンと戻されて、私はやはり野島なのだと悟った。
「自分は淋しさをやっとたえて来た。今後なお耐えなければならないのか、全く一人で。神よ助け給え」
結局これは私の人生なのだ。私は野島で、決して杉子にはなれない。
そうして自序に戻る。
失恋するものも万歳、結婚する者も万歳。
でもねえ、実篤さん、失恋は辛いよ。
結婚も辛いのだろう。
どちらのほうが幸せで、どちらのほうが辛いなんて、私には決められない。
ただただ今は心が痛い。ひどく痛むよ。
野島がこの先ずっと一人でも、杉子じゃない女と結婚しても、大成すれば幸せじゃん、と思うんだけど、本人はそうは思わないかもしれないし、思うかもしれない。
分からない。
大宮は杉子と結婚して、その先、何か不幸なことがあるのだろうか。ないかもしれない。
杉子はずっと幸せだ。ずるい。
私は決して杉子にはなれない。
ああ、胸が痛いよ。野島みたいに人を愛することはできるけど、杉子みたいには愛せない。それは私のサガだ。辛いよ。
杉子の書く文章は、本当に、まじか、の連続で、そんなことを言ってしまうの?と、ただただ驚きで、全く同感はできなかったけど、野島の心の中には、私は、野島の心の中にはいたのだ。
いくつか引用しておく。
四より
彼は自然がどうして惜し気もなくこの地上にこんな傑作をつくって、そしてそれを老いさせてしまうかわからない気がした。
十四より
自分はどんなことがあっても杉子を失うわけにはゆかない。それはあまり残酷だ。自分を杉子に逢わした運命よ、お前に責任がある。
三一より
彼は杉子にいつまでも自分のわきに居てもらいたかった。しかし杉子が立ってゆく時が怖すぎるので、早くいい時に立って行ってほしくも思った。あまり幸福すぎる時、彼は一種の恐れを持つ。人間にはまだあまりに幸福になりきれるだけの用意が出来ていないように彼には思えた。生まれたものは死に、会うものは又別れる。そう云う思想は何時となく彼の心にも忍び込んでいる。


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