金閣寺 / 三島由紀夫

こういう話だったのか。

三島由紀夫は割腹自殺した三島事件のイメージが強くて、どんな小説を書くのか、全く知らなかったし、予想もできなかった。

過激派なのかなあ、と思っていたし、金閣寺を読んで、へえ、これが実際にあった事件から着想を得て書かれたのか、と、三島由紀夫と共に、日本の歴史を改めて知るのであった。

私は知らないことが多い。

知っても、すぐに忘れてしまうのが、本当にどうかしてる。

まあ、興味がないんだけど。

舞鶴で生まれ、お坊さんの息子として生まれ、どもりがある少年。

父親から、いつも、京都の金閣寺の美しさを聞いて育った。

一度父親と共に訪れた金閣寺。それほどでもなかった金閣寺。

だってそれ以上を想像していたから。

父親が死んで、金閣寺に預けられた少年。

金閣寺の美しさと対峙する日々。

好きだった女性が、男を追って死んだ。

そんなことを引きずりながら、鶴川という、希望しかない少年と出会い(彼は吃りも気にしない)、入れ代わるように、柏木(足に障害がある)と出会い、自身の闇を深めていく。

後で知ったことは、少年と柏木が仲良くなった際に鶴川は不服そうだったのに、実は鶴川と柏木は仲が良くて、鶴川が東京に戻ってからも文通をしており、トラックによる交通事故で死んだように見せかけられた鶴川の死が、自死であったことを柏木はしれっと知っているのであった。

米兵によって連れてこられた日本人女性の腹を踏んだこともあった。いや、蹴ったこともあった。

祇園で、金閣寺のボスに出会ったこともあった。しかも偶然に二度も。

結局僧侶はお金を巻き上げて、幸せな生活を送っている。

女を買ったりもした。連日行ったりもした。

でも、金閣寺の麓で生活することは、結局不健康だったのだ。

彼にとって。

米兵の女の腹を踏み躙って流産させて、女が怒って金閣寺に来たのに、ボスは、少年には何も言わず、むしろ学費を払ってくれた。

そんなの、絶対やり切れない。

父親が死んだ後の、一人のこる母親の愛せなさ。辛い。

金閣寺のボスがくれた学費を、メチャクチャに浪費しようとして旅に出たりもする。

結局連れ戻されるのだけれど。

そして、たどり着く。

『金閣を焼かなければならぬ』と。

そして、焼く。

この小説の描写だと、本当に焼けたのだろうか、そんなに燃え広がらず、消えてしまうのではないか、と、心配になるほどの、雨の夜だ。

でも、彼は焼いた。

世界一、美しい金閣寺を、彼の手で、焼いた。

そして、それは、事実によると、全焼した。

金閣寺を焼き切った彼が、その場を離れて、裏の山でその煙を見ながら煙草を吸うシーンで終わる。

はて。

私は多分金閣寺を一度見たことがある。

多分とか言っちゃうくらい曖昧なのは、私が10歳くらいで幼かったのと、そんなに強烈な景色でもなかったからなのだと思う。

さらに、事前情報もなかった。

例えば父親から、金閣寺の美しさについて説かれたこともなかった。

ただ、静岡からの修学旅行で京都へ行って、お決まりのように、金閣寺を見て、正直何にも覚えていない。

金色だったっけ?

イメージが(ほぼ)現実を作る。

美しい、と、刷り込まれたものは、必要以上に美しく見えるし、好きだと思い続けたものは、必要以上に好きになる。必要以上に、ね。

そういう事前情報があればあるほど、現実を現実として見られなくなるのだ。

フェアに見られない。幸か不幸か。

なんで三島由紀夫はこの事件を受けて小説を書こうと思ったのだろうか。

非常に賢くて優秀な人間であった。

冒頭にも述べた通り、私は彼の死に様しか知らなかったけど、この小説を読んで、もっと、彼がどう生まれて、どう生きて、どう死んだのか、に、興味が湧いた。

中学の授業も、高校の授業も、こんな興味湧かなかった。

絶対、教師が悪い。

もっと他の作品を読んでみたい。

そして彼がどうして自死しなければならなかったのか、その答えを、少しでも知りたい。

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