
スターリングラード、レニングラード、パルチザン、ソフホーズ、コルホーズ、など、懐かしい単語がゾロゾロと出てくる。
1941年から1945年の、ロシア対ドイツの戦争中に、戦場で生きていた女たちの証言。
びっくりした自分にびっくりしたけれど、そうなんだ、日本の外ではそんなことが起きていたのか、という感じだ。
独ソ戦、言われてみれば、習ったよなあ。頑張って覚えたもんね。
でもそれがいかにタイトルだけで中身が真っ白な本みたいな、実像を結ばない文字であったかということをまじまじと知らされた。
日本は、ドイツ側だったんだよね。ってことは、ロシアの敵だったのか。
こんなことになっていたのか、世界は。
18歳以下の少女たちが、年齢を詐称して、前線に行かしてくれと直訴する。
家族を殺された恨みを果たすため、国のため。
看護や事務的なことじゃなくて、前線で、鉄砲を持って、敵を撃ち殺したいと、志願する。
どんな世の中なんだ。私にはそんなことできるだろうか。
戦場では、女同士支え合い、男社会の中で、たくましく生きて、生き延びて、勝って帰宅すると、白い目で見られる。
あの女は戦争に行っていたらしい、どうせ男と遊んでいたんでしょう、人を殺すなんて、ひどい、と。
男はいいのに、国から称えられるのにね。
ビッチみたいなふうに思われていたのかな。ムカつく。
そんな女性たちの証言。
作者は500人以上もの女性たちにインタビューをしたらしい。
思い出させたり、話させたりすることは、トラウマをえぐることになるんだろう。
平常でいられたのかと思う。相手は。
思い出したくない、話したくない、という人が多い中、やっと話せる、これは残さなくちゃいけない、と、考え始める人もいる。
時代は動いている。
帰還兵同士結婚した夫婦の場合は、特に興味深い。
大抵インタビューの時には旦那がいなくて女性だけなのだけど、「こんなことは話すなと言われたの」「これとこれを話せと言われたのでメモしたわ」などと、証言すらコントロールしようとするパワーがあった。
虐げられ続けるのか。女だから、という理由で。
狙撃手なんて、カッコよかっただろうな。
守るべきもののない私は、憧れてしまう。
でも死なない自信がない。
書かれている証言は全部壮絶で、本当に仲間たちがどんどん死んでいく中、どんな奇跡が連なって自分たちが勝利して帰還したか、ということが話されている。
でも、そういうことを話せているのは、そういう話しか残っていないのは、みんな生き延びた人だからだよね。
死んでいった戦士たちだって、たくさんのエピソードがあるだろうに、死んでしまったから、この先、語られることも知られることもないのだ。
戦争は人間をおかしくする。
なのになんでまた同じことを繰り返しているんだろう。
一体何を学んだ?
ヒトラー時代のドイツの話は『アンネの日記』やさまざまなほんや映画で描かれているから、ある程度は知っていたつもりだった。
ロシアは、全然知らなかった。
ナプキンなんかなくて、生理の血が垂れ流しで、それがズボンに染み込んで、固まって、鋭利な刃物のようにズボンの生地が固くなって、それが太ももを傷付けて、また血を流す、なんて、そんなこと想像したこともなかった。
そんなことが起こりうるなんて、知らなかった。
知らないことばっかり。
この本を原案として2019年に『戦争と女の顔』という映画が公開された。
とても見てみたいのだけど、上映館も近くにないし、サブスクじゃ見れない。
とても見てみたい。
あと、もっと知りたくなったのは、当時のロシアという国。
レーニンがどんな人で何をしてきたのか。
スターリンがどんな人で何をしてきたのか。
そこからゴルバチョフを経て、今のプーチンに至るまで、ロシアという国はどんな国だったのか。
私はどうしてこんなにロシアに興味があるのだろう。
とても興味深い国なのである。


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