小僧の神様・城の崎にて / 志賀直哉

9月のシルバーウィークに、帰省がてら、城崎に行ってみようと思った。

大阪の実家からは、そんなに遠くはない城崎。

兵庫の北のほう、日本海側、イメージ的には舞鶴。

地図を見てホッとした、あながち間違ってなかった。

大学時代には、先輩が城崎にハマり、休みのたびに行っていたのを、ぼんやり羨ましく思いつつ、一度も行ったことがないまま。

大阪の実家に帰って、この後城崎に2泊して東京に帰るから、と伝えると、母は、誘ってよ、と不満を漏らした。

そういうところなのである。私はいつもそうやって怒られる。

でもさあ、こっちはこっちで全力で1人になりたいのだから、本当に放っておいてほしい。

休みくらいは、仕事もないんだから、1人の時間を持たせてよ、と、かなり重めに本気で思う。

城崎に行くのであれば、休みくらいは、仕事もないんだから、1人の時間を持たせてよ、と、かなり重めに本気で思った。

城崎に行くのであれば、現地で『城の崎にて』を読まなくてはいけない、と思うのが、文学娘のサガである。

大阪に向かう新幹線に乗る前に、地元の本屋さんで『城の崎にて』を探した。

志賀直哉ゾーンに全然なくて、店員さんに尋ねたら、ものの数秒で見つけ出してくれた。

知らなかった。『城の崎にて』はそれだけで一冊になる小説だと思い込んでいた。

一つの作品として独立したものだと思っていた。

でも買った小説は、合計18つのエピソードが収録されていて、私が目当てにしていた『城の崎にて』なんて、なんと、10ページで終わってしまうのである。

文庫本で。

知らなかった。本当に、無知というのは、怖い、ということを、こういう時にひしひしと感じる。

大正6年(1917年)から大正15年(1926年→おじいちゃんが産まれた年!)まで時系列に執筆された短編作品。

『黒潮』や『白樺』、『文藝春秋』や『改造』などに発表された作品。

志賀直哉はこの頃34歳〜。

まさに私の年齢で今、下記の作品たちを発表し続けたのである。

【目次】
佐々木の場合
城の崎にて
好人物の夫婦
赤西蠣太
十一月三日午後の事
流行感冒
小僧の神様
雪の日
焚火
真鶴
雨蛙
転生
濠端の住まい
冬の往来
瑣事
山科の記憶
痴情
晩秋

城崎の2泊3日の一人旅は、とても有意義で、楽しくて、私はこの先数年の城崎を楽しみ尽くしたんではないかと思うほど、堪能した。

7つの外湯は、3日で6つも入った。

ロープウェイにも乗った。

城崎文芸館にも行った。

そこで知ったのだが、志賀直哉が城崎に来たときに、どうしても朝食にはトーストとバターを食べたくて、そんなわがままに対応したのが「みなとや」だというのだ。

みなとやは、繋がりのあるお店だったので、城崎に着いた初日に顔を出したし、二日目に文芸館に行った後も「見ましたよ〜!」と言って顔を出した。

みなとやの方々は東京生まれ育ちのハイカラなボンボンの志賀直哉は、朝食は洋食、という文化で生きていて、城崎に療養に来てもそれを崩せなくて、でも城崎にはそんなパンとかバターとかなくて、毎朝神戸から列車で仕入れたと言っていた。

今は和菓子屋さんだけど、店内にはお菓子以外の商品も売っていて、昔はもっと萬屋みたいな、百貨店みたいな商いをしていたと言っていた。

当時の景色が生き生きと目の前に浮かぶようであった。

志賀直哉が滞在した三木屋の斜向かいにみなとやはある。

一番近い外湯である「一の湯」は『城の崎にて』にも描写されている。

彼が、この土地を踏んだのだ、という歴史を感じる旅であった。

今思い出しても非常に有意義であった。

私の旅はというと、本当に1人で、孤独であった。

駅前の宿は、近年オープンしたらしく小綺麗で、朝食は美味しく、浴衣を貸し出してくれた。

私は到着するなりすぐに他所行き浴衣に着替えて、街を探索した。

下駄で歩くのは久しぶりだった。

9月という季節は、暑くも寒くもなく、ちょうど良かった。

城崎温泉街の端っこまで行っても、徒歩30分くらいなのである。

ひたすら歩いた。これが旅の醍醐味だと、私は信じて疑わないから。

地図の果てまで歩きたがる癖は健在で、めちゃくちゃ遠回りして宿に帰るつもりが、道が繋がっていなくて、来た道を戻る羽目になって結局さらにめちゃくちゃ遠回りして宿に帰ったりした。

ちょうど滞在中に開催されていた美術祭で、マダム・バタフライが公演されるというので、せっかくだし観てみたいと思い、調べてみたらチケットはソールドアウトで、でも当日券があるというので、それこそ30分くらい歩いて現場に行ってみたら、当日券にはすでに長蛇の列ができていて、諦めて温泉に入ったりもした。

帰り道で、不貞腐れて、ふらりと入ったお店でビールだけ頼み、文豪ストレイドッグという漫画を読み耽って帰ってきたりもした。

1人の旅は、いつも一番楽しい。

感性が研ぎ澄まされるから。

他人といたら、見過ごしそうな喜びに気付ける。

とにかく、良い旅だった。

そして、東京に戻ってからも、この本を読了するまでに少し時間がかかった。

私はいつも絶対忘れてしまうので、そうならないために、いくつか文字を残す。

『佐々木の場合』

この本の一作品目は『城の崎にて』ではないのか、と衝撃だった。

でもストーリーが面白いので読みやすかった。

家に住み込みで書生をしていた主人公と、その家で住み込みで働く女性の叶わなかった恋の話。

女性のほうが、仕事熱心で、ブレず、魂を捧げているのが、気持ちよかった。

『城の崎にて』

本当に10ページしかない。ただ、淡々と、山手線に轢かれて死にそうになった志賀直哉が初めて城崎に来て、平凡な日々を描写するだけの小説。

彼はこの街が痛く気に入り、この小説執筆後も大勢の文豪仲間を連れて、度々来たそうだ。

当時、東京からこの地にたどり着くのに、どれくらいの労力を要したのかと思うと気が遠くなる。

普通に、2022年の今、片道5時間かかるんだよ。

新幹線で京都まで、で、まあ2時間半。そこから、田舎の街をただひたすら北に進む電車で2時間ちょい。

それもあって、私は次はいつ来れるのだろうかと、気が遠くなってしまった。

この後数作は、とても幸せそうな、気の良い夫婦、登場人物がみんな良いやつ、みたいな話が続く。

印象的なのは『好人物の夫婦』『赤西蠣太』『流行感冒』『焚火』。

まるで絵画でも観ているかのような気分になった。

景色の描写が淡々と、人物の描写が淡々と、過不足なく、そのバランスがとても美しいと思った。

登場人物のキャラクターが発する言葉も行動も、翳りがなくて、美しかった。

これ以降は、主人が浮気、じゃないけど、他所で(京都の祇園とかで)女の子と遊ぶテーマになる。

嫁さんにはうっすら確実にバレているのに、主人はそのまんま遊びを突き通す。

そんな話が続く。

これは作家本人の生活や思想も反映しているのだろうか?

志賀直哉は『暗夜行路』を読んで、好きだ、と思ったので、別にがっかりもしないし、相変わらず、本人自体にはとても興味がある。

どんな人物で、どんな人生を送ったのか。

作家は(多分作曲家も)結局、今のそのままの自分が作品に出ちゃいがちなので、たくさん読んで学んでいくしかないのだけど。

硬派というか、ボンボンゆえの余裕というか、太宰治や芥川龍之介とかとは全然違う人生のスタート地点で、全然違うレールを走った人なのだと思う。

よかった、今、やっと読めて、よかった。

Better late than never.

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