The Notebook / きみに読む物語

4行であらすじを読んだ。

お金持ちのお嬢様アリーが夏休みに家族と来た町で、地元の青年ノアと出会い、身分違いな恋をする、という。

でもやっぱり、映画で見ると、当然なんだけど、全然それだけじゃない。

あらすじは正しいんだけど、何が原因なんだろう、と思うと、周りの人だ。

お母さんとか、お父さんとか、友人。

あと時間だ。

時間の経過は、文字では伝わらない、と学んだ。

冒頭の、歳を取ったノアの言葉が身に染みるな。

平凡な男の平凡な人生で、でも、ある女性を愛し続けた、って。

映画を観終わった後も反芻した。

あの物語を、実はアリーが書いていたってのも泣ける。

あと、途中で未亡人とノアが会話していた時の「愛は枯れた」という表現。

分かる気がする。これも観終わってから、しばらくしてじわじわきた。

私も枯れてしまっているのかもしれない。

だから共鳴したのかも。

ノアはアリーに一目惚れした。

でも一夏だけ田舎町に来ていた、お金持ちのお嬢様。

惹かれあった2人だけど、性格は合わなくてたくさん衝突するし、もちろんアリーの両親は大反対。

木材置き場(?)で働いているノアなんてね、当然だよね。分かる。

予定より早く家に帰ることになったアリー。しかも大喧嘩したまま。

ノアは365日手紙を書き続けたけど、アリーの母親によって何一つとしてアリーには届けられなかった。

そのうち戦争が始まって、看護婦をしていたアリーは傷の手当てをした軍人と結婚する。

彼はイケメンで、実家も金持ち。両親も大喜び。

戦争から生還したノアは、父親と2人で家を買う。夢だった家。

アリーをかつて連れてきて、2人で夢を語った家。

フルリノベーションして、アリーが描いた夢の家にするノア。

それが新聞に載り、それを見たアリーが、結婚式の前に片付けることがある、と、ノアの住む町にやってくる。

まあ、ダメだよね。これは。

邦画でも、洋画でも、映画でもドラマでもめちゃくちゃ描かれるけど、絶対ダメだよね。

いいことないじゃん。

蹴りつけたれたケース見たことないよ。

結局2人はまた恋に落ち、アリーどうすんだい、となる。

そこのアリーは、好感持てた。

ありのまま全てを夫に話すスタイルだった。

あなたと一緒にいる時はあなたのことを愛しているのに、あの人といるとあの人を愛してしまう、まるで自分の人格が全然違うの、と。

とても腑に落ちた。そうなのだよ。本当にそれに尽きるのだと思う。

いい人でよかったね。

アリーはノアの元へ。そして2人は幸せに暮らし、子供も孫も生まれ、アリーが認知症になってからノアはアリーの施設で生活する。

子供達は、お父さん、家に帰ってきなよ、と言うけれど、ノアは、私の人生はずっとアリーのもとに、と言って頑なに施設に居続ける。

毎日アリーに会いに行って、半生の物語を読み聞かせて、記憶を取り戻したアリーと、約5分間だけラブラブで幸せになり、そのあとは「この人知らない」と発狂するアリーを見て、泣く。

最後の夜はルールを無視してアリーに会いに行き、記憶が戻ったアリーとラブラブで、幸せなまま、手を繋いで、2人とも息を引き取る。

ああ、ノア。

なんて人生だ。散々アリーに振り回されて、映像に映っていないところでは、さぞかし喧嘩が絶えなかったのだろう。

あんなにわがままで傲慢で気まぐれなアリーだ。

惚れた弱みか。絶対フェアじゃないし、映さないほうがいいシーンが多々あったに違いない。

それでも、投げ出すことなく愛し続けて、最期の時にもあなたがそれを幸せだと心底思えるのなら、それ以上の幸せはないのでしょう。

なんとなく、ノアに同情しちゃいつつ、でも、そんなふうに愛されてみたい、と思ったり、複雑。

認知症なんて止められないし、避けられないし、アリーだって、悔しいよね。

愛してる人が目の前にいるのに、認知できないなんて、そっちのほうが辛いかも。

一日に5分でもアリーがノアのことを思い出せるのは、あの物語があったから。

アリーがあの物語をノアにプレゼントしたのは、深い愛情があったから。

そう思うと、映画に映っていない場面でも、ちゃんと2人はお互いに愛し合っていたのだと分かる。

途中で一瞬、施設で、ノアのほうが先に死んでしまうのかと思った。

ノアが運ばれていく時の、困惑したアリーの表情が、胸を突いた。

何がなんだか分からないけれど、よくないことが起こっているのを、察しているようだった。

すごい演技。

救いようがない。

というか、唯一の方法でハッピーエンドになったストーリーなのに、でもなんでこんなに悲しいんだろう。

思い出してこの文章を書きながら、涙が止まらない。

映画を観た時もこんなに泣かなかったのに。

それなりのハッピーエンドだったのに。あれ以上はないのに。

他にどうすれば、というくらい、懸命に生きた2人だったのに。

なんか悲しい。なんか美しい愛を感じる。

「良い映画」と言われる映画は本当に良いのだと、こういう作品を観るとひしひしと痛感する。

ノアもアリーも幸せに亡くなったよね。

なのになんでこんなに胸が締め付けられるんだろう。

あの時、夫の元に一度戻って、全てを打ち明けて、自分の意思でノアの元でカバンひとつでやってきたアリーみたいに、肝心な選択だけは間違いたくない。

手紙を隠してた母親は、私は死ぬまで許せないけど、でもその肝心な時に、ちゃんと背中を押してくれたことだけは評価したい。

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