メタボラ / 桐野夏生

どうにかしてこの結末を避けられなかったのか。

精一杯生きた少年二人が辿り着く人生の果てがこれか。

と思うと悲しくて堪らなくて数日へこんだ。

小説は一気に読んだ。

最初は、本人同様、どーゆー状態!?から入ったが、ああ、章が変わるたびに二人が順番に登場するのね、というルーティンに慣れた頃から重い雲がのしかかる。

ギンジの生前の(というのは変だが)家庭環境は、ひどくかわいそうだけど、どこにでもありえることなんじゃないかな。

読者に語りかけるような、そんな章が続くことで不穏な雰囲気を感じる。

こういう時、いつもこの歌が流れる。

何番目のボタンを掛け違えてしまったのか

それとも最初から間違っていたのか

今でも二つの心が離れてしまった理由が知りたい

(二つの足音/GO!GO!7188)

すごい歌詞だ。

私はこの度のみならず、この歌詞を思い出す機会が多々ある。

多くの物事は、最初から間違っているのだ。

がんじがらめで、負の連鎖で、どこから正せば?と問う時、それは最初からもうダメだったと思う。

そして、あんなことやそんなことがきっかけではなく、最初からダメなのであれば、まあしょうがないよね、と思うことによって、私はいつも魂の救済をしてきた。

本当にどうにもならなかったのだろうか。

アキンツは、もっと上手にできた。

やはり水商売でタブーを犯すのは、命と同じくらい重い罪なのだと、イメージだけでも持っておくべきであった。

若すぎる故に無鉄砲であった。

それを糧に学べれば良いのだけど、君はそうならなかった。

一方、ギンジは、もう精一杯で最高得点である。

これ以上の試練を与えるか?と思ったけど、世の中には負の連鎖が実在して、どうしてもああなってしまうのか。

妹がカナダで逞しく生きているのは、単純に男と女の違いで、本当に男はこうだから、と残念な気持ちになった。

でも実際そうなのだろう。

女は強く強かであるし、情は無いし、図太くて逞しい。

なんでそんなことでウジウジ悩んでるの、と言って、男を失うのが女である。

わけわからん。男はいつも女々しい。

じゃあスパッとやめればいいじゃん、とか、じゃあ勝てばいいじゃん、とアドバイスをすると、拗ねる。あいつらは。

お子様かよ。

思いの外、人生の思い出の中で沖縄がたくさんあって、ありとあらゆる景色も地図も思い浮かんだ。

パラダイスのカリスマみたいな人は、高橋歩だよね?

しんちゃんがボランティアバイトに行ってたなあ。

手に取るように分かる。

那覇の繁華街も、また、柏崎も知らぬ街ではなく、すべてが身近であった。

現代のいろんなあれこれをてんこ盛りにしたような小説だった。

いろんな景色は浮かぶのに、宮古島は行ったことがない。

アキンツが生まれ育ち、死に際に見たがった海と空を、私はいつか観る日が来るのだろうか。

きっと悲しくて泣いちゃうなあ。

フェリーで死ぬアキンツ。

横領して、もはや犯罪者として生き延びるギンジ。

一体どちらが幸せなのか。

とりあえずお水の世界はろくでもないと学ぶ。

沖縄の繁華街は、新宿のトー横みたいに、触れたらダメな文化な気がする。

北谷で泊まったゲストハウス、幸せだったなあ。

ドミトリーで毎晩泥酔してた。

ロバートと出会った。

大好きだった。

コメント

タイトルとURLをコピーしました