ノモンハンの夏 / 半藤一利

まるで高校3年生の体育祭への準備とチームが一丸になって戦う様子と、でも、敵が強すぎてコテンパンにやられてしまうような、手に汗握る夏の思い出であった。

1939年の春頃から動き出したその情勢は、7月8月の間に戦列に燃え上がり、花火のように打ち上がっては一瞬にして散った。

帯にも描かれた「エリートが招いた悲劇」という言葉が、最初から最後まで全てを表すような文言だった。
1歩引いて冷静になってみると、ツッコミどころ満載の戦争であった。

ノモンハン事件と言ってしまえば、そんなものかという気がしてしまうが、事件なんて言葉で表すには小さすぎる気がする。
これは紛れもない戦争であった。

ドイツのヒトラーと、ソ連のスターリンの、2人の手のひらで転がされ続けてた日本。
関東軍と三宅坂の参謀本部は何一つ連携も取れず、意思疎通もできないまま、軸がぶれた車輪のように転がり落ちていく。

関東軍の服部と辻の2人が出会ってしまったから、こんなことになったのだとは思うけれども、それが発端であったが、参謀本部にも何度でも止めるチャンスがあったのに、国のエリートたちは見て見ぬふりして、日和見主義で、それ故にこんな悲惨な結果となった。

最初のボタンを掛け違えてからは、最後までずっと掛け違ったまま、元に直せるチャンスを何度でもあったのに、どうしてもそれが行われなかった。

関東軍の信じられないところは、天皇の命令を無視して大暴れしているところである。
リスペクトの欠片もない。

命令を自分たちの都合の良いように解釈して大暴れするための大義名分っぽいことをどや顔で語ってはいるが、結果的に負けてしまったら意味がない。

7、 8月の戦の様子は読み進めていくだけでも、喉が渇いて、暑さと寒さを感じて逃げ出したくなる描写であった。

軍隊の力を比較するにはおこがましいほどの、歴然とした差があったソ連軍と関東軍。

参謀本部からの命令が来るのにも、数日を要して、それがやっと関東軍本部に届いても、戦地に赴いている兵士たちに伝わるには、また数日かかる。
忍耐に忍耐を重ねるような、気の遠くなるような戦争を、よくもやろうと思ったものだ。
連絡の手段も、戦の武器も、この数十年の間にこんなにも変わるものかと驚かされてしまう。
今じゃほぼ同時に海も山も越えて連絡をやりとりすることができる。
鉄砲や洗車だって、よっぽど性能が上がって、爆撃のレベルだってもっとひどくなって、それこそ原子爆弾やウィルスなんて持ち出したら、壊滅的な戦争になる。

何のために戦うのか、この土地には、油かダイヤか石炭でも埋まっているのかと聞かれたときに、何もないと答えた。

男たちは、服部と辻の思いだけを背負って、後は、せっかく作った満州国を潰さないためにという思いだけで戦ったのだろうか。

天皇の命令には背くくせに、軍旗だけは死ぬほど大事にしている様子が滑稽だった。
退散するときは、燃やすとか、腹に巻いて逃げたとか、いう。
違う、そこじゃないと思うけれども、空を竹槍で着くような虚無で見えない何かに向かって戦っていたんだと思う。
きっと敵の姿なんかちゃんと見えていなかったはずだ。

こんな時は私の楽曲を思い出す。
地図と領土。
良い歌だな。

後書きも素晴らしく良くて、各章の内容を数行にまとめてあって、全てを読み終わってから読むと非常にわかりやすかった。
そしてもう一度、第一章と第二章を読んでみようという気持ちになって、ループしたのは完全に後書きのおかげである。
二度目に読んでみると、各章の書き出しが非常に読者を引き込む良い一文であると言うことにも気づかされる。
不足もなく蛇足もなく、現地の情報と歴史とその後の情報がとても良いバランスで書かれている。

社会の授業じゃ教えてくれないことがこの本には詰まってた。
読んでみてよかった。
もうちょっと歳をとったらまた読んでみたいと思う。

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