映画クレヨンしんちゃん 超華麗!灼熱のカスカベダンサーズ

私が死ぬ時は、この映画を子供のように思い出すであろう。

自分のバンドの愛すべきアルバムの発売日みたいに、2025/08/08は、しっかり覚えているのだろう。

クレヨンしんちゃんは、テレビ放送が1992年に始まった。私は6歳だった。

放送が始まってすぐ、PTAは推奨しない、となったらしいが、世代も世代でど真ん中で、小学校では話題になっていたし、母親はPTAの意見も無視して視聴許可を与えてくれていた。

あの頃は「ゾーさん」したり、自分の母親を「みさえ〜」と呼んだり、「見れば〜」「やれば〜」みたいな、悪態つくしんちゃんだったのだ。

当時、なんのハードルもなく「クレヨンしんちゃん」を見せてくれていた母親には大いに感謝する。

父親は海外赴任でいなくて、家の中は、ゆるい母のもと、自由だった。

今になって「なんであの時クレヨンしんちゃん見せてくれたの」と聞いても、「別にいーでしょ」の一点張りである。

「クレヨンしんちゃん」が多くの家庭で「観ちゃいけません」になってたなんて、だいぶ後になってから知る。

だが、今になってみると、もうしんちゃんは「みさえ〜」などと呼ばないのだ。ちゃんと「かーちゃん」と呼ぶ。

「ゾーさん」もしなくなったし、「けつだけ星人ブリブリ〜」は、素肌にならないよう、パンツかズボンを着用した状態で行っている。

びっくりした。びっくりして、可愛いじゃん、と思った瞬間に時の流れを感じた。

私はいつの間にか「しんちゃん」の視点から「みさえ」の視点にスキップしていたのだ。

当時は友達だと思っていた、同年代の彼が、いつの間にか、彼だけ変わらず、私だけ変わって、もう息子の年齢になっていたのだ。

いや、今の私ならもう中高生の子供がいてもおかしくない。

変わらないのはしんちゃんだけで、私は中身はあの頃のままでも着実に歳を取って、今やみさえやひろし以上の年齢になっているのに、この作品は続いている。

しかも時代に適応して。すごすぎない?

そして、舞台はインド。

私の人生をいつか振り返る時に、欠かせない作品である。

弔辞で言及してほしい。

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