
よくもまあ、『グレート・ギャツビー』について、
こんなに分厚い本が書けるものだ。
ガイドブックというからにはあんまり学術的ではないのかな。
でも小説以外の読み物を読むのは久しぶりだったので、
文章の書き方とかがいつもと違うのに少し戸惑った。
あたしもいずれこういうものを書かなくちゃいけないのかな?と。
それにしてもすごい。
というか、到底自分には無理だと思った。
あたしいつも疑問だったんだ。
小学生の頃の国語の授業で、一通り本文を読んだ後で、
「疑問点や気付いたことはありますか」という先生の問い。
あるわけない、と思っていた。
疑問、というものを、質問、という意味で捉えていたあたしは、
作者が書いた作品に質問などしたって答えてくれるわけでもなく、
というか、彼が「こうだ」と提示した作品は揺るぎなく、
そこに質問の起こりうる余地もないと思っていた。
だからこのガイドブックの中で言っているような、
12の謎が生まれることもすごいなと思うのだ。
あたしなら、疑問にも思わず読み流しているからさ。
でも実際12の謎を読んでみたって、
「そんなこと気にしなくていいじゃないか!」とか、
「それは作者にしか分からないでしょ」とか思ってしまうのだ。
だって、「ニックは正直なのだろうか」と言われてもねえ。
もちろん正しい答えを知っている(というか作り出せる)作者は死んでいるし、
野間さんはいろんな本を参考に推理しているだけにすぎない。
ギャツビーの死の事件をめぐった項目についてはいささかあきれた。
どういう状況で死んだのか、時間の経緯などについても考え、
警察官や検察官のやりとりや推測みたいになっている。
たとえばギャツビーを別の場所で撃ち殺してからプールの上に浮かべたとか、
ウィルソンはギャツビーを殺したあと、少し歩いて離れた場所で自殺した、とか。
そんなもの、誰に分かる?
さっきも言ったように、答えは永久に闇の中なのだ。
そんな疑問に対してあれこれ言うのは無限大にできるじゃないか。
それでいて行き着く先がないなんて、時間と労力の無駄甚だしい。
と思っているあたしは学者向きではないのだろうか。
数学みたいにひとつの答えが出るほうが完全に性に合っているのだ。
正しいか、間違いかを教えていたい。
こんな迷宮入りしてしまうような問題を数十ページにも及んで語りたくない。
ギャツビーの死の事件だけど、時間的に不可能、とか、物理的に、とか言っても、
いやいやこれは小説だから。なんでも起こりうるから。
というか、紙の上の、二次元の世界で起きていることを、
こんなにも真面目に語っているのがひどくばかばかしい。
そういう意味では、現実味のある小説は嫌いなのだ。
だからあたしは最初からSFであってほしいのだ。
現実と絡めて考えたくないな。
小説の中身、というよりも、その作者自体と現実世界を結びつけて考えるほうが
よっぽどおもしろいな、と思っている。
作品に多かれ少なかれいろんなメッセージがあるとしても、
そんな細かい部分にまで触れていたらキリがない。
きりがなくてそれはそれで良いのかもしれないけど、
簡単に言ってしまえば、性に合わん。


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